TVアニメ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」「精霊の守り人」や「東のエデン」の監督、神山健治氏の本、映画は撮ったことがない-映画を撮る方法・試論
が面白い。特に興味深いのは、アニメ「企画」の正体について語られている部分だ。
「企画」の正体に気づくまで
この本によると、若い頃の神山監督は、いつか世間に認められることを目指して、自主映画の制作に明け暮れていたようだ。
映画監督を志す者たちが、ご多分に漏れず自主映画を振り、それを用いて世間 (映画業界もしくはファンを含む関係者)とコミットしようと試みるように、僕も10代後半から20代前半は、それを目指して自主作品の制作に明け暮れた。僕の場合はアニメを主眼においていたので、高校卒業後もアニメ作品を制作していたわけだが、それでもPFFなどに応募し自作が世に出れば、それで一気に夢の階段を登れると信じていた。だが現実は厳しく、作品の完成を待たずして同郷よりのスタッフは、空中分解するアマチュア・バンドよろしく解散の憂き目に遭い、作品は完成しないままお蔵入りとなった。
上記の「PFF」というのは、「ぴあフィルムフェスティバル」のことのようだ。
自主映画を諦めた神山氏は、別の手段に出る。
失意の僕は、業界の片隅で美術の仕事をこなす傍ら、繋がりのある制作会社に100ページにも及ぶ脚本を提出したりして、自作を売り込むという新たな手段に賭けることとなるのだが、その熱意は他者にとっては暑苦しさに他ならず、監督への道はますます遠のいていくこととなった。
それでもある時、神山氏はアルバイトで企画書作成を手伝うチャンスを得る。企画書作成のノウハウを得た氏は、自分の作りたい作品のストーリーを100ページの脚本ではなくて、短い企画書にまとめ、スポンサー企業を回るが、やはり上手くいかない。
一番自信を持って送り出した企画が拒否された場合、それはかなりのダメージを伴う。それでも、そんなことにめげていては先がないと思い、今度はどうしたら相手が食いつくかを死ぬ気で考えてから提出することにした。
今度は、自分の作りたいストーリーを相手に押しつけるのではなくて、キャッチーなタイトルとイラスト、ストーリーのないアイデアのみを、プロデューサーに提出したのである。
…プロデューサーは食いつき、自分の思うストーリーを語りだしたのである。(中略) 相手の語るストーリーに不満を感じながらも話を合わせ、意気投合したかに見せかけて話を続けた。そしてもらった返事は、これを脚本に書いて持って来いというものだった… 。
しかし結局この作戦も、いいところまでは行くものの、なかなか最終的に企画が決まる(通る)ところまでは行かなかった。それでも、この時、企画とは良いストーリーではなく、相手と相乗りできる”何か”であることを学んだという。
「企画」の正体
神山監督は、このような若い頃の「企画」に翻弄された体験に加え、Production I.G.石川プロデューサーの「企画とは企画書自体が決めるのではなく、企画への参加交渉(座組み)で決まる。」という言葉を引用し、企画の正体とは、参加者が集うための”入れ物”なのだという。”入れ物”の参加者とは、スポンサーやプロデューサー、原作者もしくは脚本家、監督、制作プロダクション、そしてお客(視聴者)も含まれる。
具体的には、映画は撮ったことがないによると「東のエデン」の企画のスタートは、「24と攻殻機動隊
をあわせたものをノイタミナ枠らしいキャラクターで作ってほしい」だったという。「24
」+「攻殻機動隊
」+「ハチミツとクローバー
」、なるほど、スポンサーが乗りやすい”入れ物”だ。制作者側の参加者のやりたいことを無視しているのでは?とも思うが、「企画が動き出してしまえば、それ(監督がやりたいこと)を適えるチャンスはいくらでも僕の手の中に隠されている」つまり、後から加えられるのだそうだ。
以下は、私なりに、この関係を図にまとめたものだ。

企画の正体
構造とストーリー
企画が決まれば次は、”入れ物”の中身(コンテンツ=作品)の話になる。神山監督は、作品がストーリーの成り行きに終始しては駄目で、まず、しっかりとした「構造」を作り上げ、ストーリーの外の「構造」を、視聴者に意識的に伝えるようにすることが必要だという。
本書には、「構造を作ること」の重要性が何度も出てくる。私なりに「構造を作る」とは何なのかを考えてみると、おそらくその第一歩は、世の中の要素を、強いものと弱いもの、長時間続くものと短期間で終わるもの、大きな問題と小さな問題、簡単には変わらないものと簡単に変わるもの、いずれであるか判断し、分別していく作業ではないだろうか。つまり、構造=強いもの、長期間続くもの、大きな問題、簡単には変わらないもの。ストーリー=弱いもの、短期間で終わるもの、小さくてい問題、簡単に変更できるもの。に分別していく。
たとえば恋愛ものであれば、構造は、私に対して心を開かない相手の頑なな態度だ。そして対してストーリは、小さなこと、もしくは短時間の出来ごとを積み重ねていく。声をかけたり、心配したり、不良から守ったり。その積み重ねで、最終的には先に設定した構造を変化させる(相手の心を開かせる)のが作品の目的となる。
東のエデンの場合は、まさに日本の構造問題となっている「若者の労働問題(NEET)」を、作品の構造とし、主人公の11日間の行動という短い期間をストーリーにしている。まだ映画が残っていて完結していないが、おそらく作品は、主人公の行動ストーリーを通して、「若者の労働問題(NEET)」という、作品内と日本社会とに共通した構造に揺さぶりをかけ、何らかの変化をさせるのではないだろうか。
クリエーターにお薦め
映画は撮ったことがないの内容に戻るが、企画や脚本の話以外も、演出や制作現場の話、音楽の効果的な使い方などの話も興味深い。また、「押井守のような監督になりたいと思った弊害で、ややこしいやつと思われて、だいぶ冷や飯を食った。師事したせいで5年はデビューが遅れた」といった話も面白い。クリエーター気質が少しでもあるならば、読んで損はない。

